共同研究の論文が、英文医学誌『Journal of Clinical Medicine』に掲載されました(2026年9月21日公開)。研究は、厚地脳神経外科病院、あつち葛飾クリニック、東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座などが行ったものです。論文はオープンアクセスで、どなたでも全文を無料で閲覧できます。本記事では、論文の内容を患者さんと医療関係者の方に向けてご紹介します。
研究の概要
- 対象:2022年4月〜2025年12月に、上記2施設で初めて硬膜外酸素注入を受けた、新型コロナウイルス感染後遺症の患者さん42名です。
- 方法:カルテの記録を振り返って調べる「後ろ向き研究」です。比較のためのグループ(治療を受けなかった方など)は置いていません。
- 副作用:42名中8名で、副作用が記録されていました。いずれも1週間以内に自然に治まりました。観察期間中、入院が必要になったものや、後遺症が残ったものの記録はありませんでした。
- 生活の質:治療前後のアンケートがそろった35名では、約1か月後の点数(中央値)が、8項目すべてで治療前より高くなっていました。
- 論文の結論:対照群のない研究のため、治療の効果を示すものではありません。論文の著者らは、今回の結果を今後の研究のための予備的なものと位置づけ、比較試験が必要だとしています。
研究の背景
新型コロナウイルスに感染した後、頭痛、強いだるさ、立ちくらみ、集中力の低下などが長く続くことがあります。これを「新型コロナウイルス感染後遺症(Long COVID)」と呼びます。硬膜外気体注入療法は、これまで慢性外傷後頭痛などの患者さんに行われてきました。一方、新型コロナウイルス感染後遺症の患者さんでの副作用や、治療後の変化は、まとまった形では調べられていませんでした。
この研究で行った治療の内容
- 治療前の検査:血液検査、頭部MRI、全脊椎MRIを行い、ほかの病気や、処置の妨げになる異常がないことを確認します。
- 処置の方法:局所麻酔をした後、お尻の上の骨のすき間(仙骨裂孔)または腰から細い針を刺します。背骨の中の「硬膜外腔」に、100%の医療用酸素を5mLずつ注入します。
- 注入量:患者さんが違和感を訴えるか、注入に抵抗を感じた時点で終了します。この研究では40〜80mLでした。
- 治療後の対応:処置は外来で行います。処置後は約40分安静にし、体調を確認してから帰宅します。
この治療は、オゾンを混ぜて用いる「酸素・オゾン療法」とは異なるものです。
副作用の内訳(42名)
| 副作用 | 人数 |
|---|---|
| 皮下気腫(皮膚の下に気体がたまる) | 5名 |
| 息苦しさ | 2名 |
| 背中の痛み | 1名 |
対象が42名と少ないため、まれな重い合併症がどのくらいの頻度で起こるかは、この研究ではわかりません。
生活の質(SF-36v2®)の変化
SF-36v2®は、健康に関する生活の質を8つの項目で測る、国際的なアンケートです。点数が高いほど、良い状態を表します。
| 項目 | 治療前(中央値) | 治療後(中央値) |
|---|---|---|
| 身体機能 | 70.0 | 75.0 |
| 日常役割機能(身体) | 41.0 | 61.0 |
| 体の痛み | 41.7 | 58.3 |
| 全体的健康感 | 45.0 | 60.0 |
| 活力 | 37.5 | 62.5 |
| 社会生活機能 | 18.8 | 43.8 |
| 日常役割機能(精神) | 35.0 | 47.0 |
| 心の健康 | 18.8 | 43.8 |
- 集計の条件:42名のうち、治療前後のアンケートがそろった35名で集計しました。治療前は治療当日または前日、治療後は約1か月後(中央値32日後)に回答していただいたものです。
- 数値の意味:表の数値は、35名の中央値です。点数の変化には個人差があり、すべての方で点数が上がったわけではありません。
この研究でわからないこと(研究の限界)
- 比較対照がない:比較のためのグループがありません。そのため、点数の変化が、治療によるものか、時間の経過や期待による心理的な効果(プラセボ効果)によるものかは区別できません。
- 主観的な評価:評価は患者さんご自身が答えるアンケートによるもので、客観的な検査値ではありません。
- 観察期間が短い:追跡したのは約1か月の短い期間で、その後の経過はわかりません。
- しくみが未解明:症状が変化するしくみは、解明されていません。
治療を検討される方へ:費用・リスク・適応外使用について
費用(自由診療)
硬膜外気体注入療法は保険適用外の自由診療で、費用は全額自己負担です。
- 硬膜外気体注入療法(点滴・酸素カプセルを含む):概算30,000円
- 入院して治療する場合は、別途入院費がかかります。
医薬品の適応外使用について
- 適応外使用であること:この治療に用いる医療用酸素は、国内で承認された医薬品です。ただし、承認されている使い方は吸入です。硬膜外腔への注入は承認外の用法(適応外使用)にあたります。
- 入手経路:国内で承認された医療用酸素を、医薬品卸売業者から購入しています。
- 国内の承認医薬品の有無:硬膜外腔への気体注入を効能・用法として承認された医薬品は、国内にはありません。
- 諸外国の安全性情報:硬膜外腔への酸素注入を承認している主要な欧米諸国の例は、確認できていません。過去の海外の報告には、硬膜外腔に空気を注入した後、空気塞栓が原因と考えられる呼吸困難が起きた例があります(Mátyás, 1953)。
- 副作用被害救済制度:適応外使用の場合、重い副作用が起きても「医薬品副作用被害救済制度」の対象とならないことがあります。
主なリスク・副作用
- 痛み・息苦しさ:背中や肩の痛み、一時的な息苦しさが出ることがあります。
- 皮下気腫:皮膚の下に気体がたまることがあります。
- 出血・感染:針を刺す処置に伴って起こることがあります。
- 空気塞栓:注入した気体が血管内に入る合併症です。出血がないことを確認してから注入しています。
- 関連する処置で報告されている合併症:同じく硬膜外腔に針を刺す処置では、まれに硬膜外血腫、硬膜外膿瘍、髄膜炎、神経障害などが報告されています。
- 偶発的合併症:予期しない合併症が起こる可能性があります。
治療を受けるかどうかは、医師の診察と説明を受けたうえでご判断ください。
お問い合わせ先
- 厚地脳神経外科病院(鹿児島市):【電話番号:099-226-1231・受付時間:9:00~17:30】
- あつち葛飾クリニック(東京都葛飾区):【電話番号:03-5654-6403・受付時間:9:00~17:30】
- 診察・治療を受けられる病院
医療関係者の方へ
- 研究デザイン:2施設の後ろ向き観察研究です。東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認を得ています(No. 37-328 [12973])。
- 対象:WHOの定義に基づくpost-COVID-19 conditionの患者さんです。治療前に血液検査、頭部MRI、全脊椎MRIを行い、他の器質的疾患、髄液漏出、脊柱管内占拠性病変を除外しました。6歳以下は除外しています。
- 手技:1%リドカインで局所麻酔をした後、21G脊髄針で穿刺しました。穿刺部位は仙骨裂孔39例、腰椎椎弓間3例です。抵抗消失法で硬膜外腔を確認し、100%酸素を5mLずつ注入しました。
- 解析:SF-36v2®日本語版の各下位尺度について、Wilcoxon符号付順位検定を行い、Bonferroni補正を加えました。全8下位尺度で、補正後もp < 0.05でした(効果量 r = 0.49〜0.72)。
- 主な限界:対照群がないこと、主観的評価であること、髄液圧を測定していないこと、追跡期間が短いこと。
論文情報
Inaba T, Takagi K, Atsuchi M, Atsuchi S, Tamura N, Takahashi K, Yoshida K, Abo M. Safety and Changes in Health-Related Quality of Life After Epidural Oxygen Injection for Long COVID/Post-COVID Syndrome: A Multicenter Retrospective Study. J. Clin. Med. 2026; 15: 7326.
https://doi.org/10.3390/jcm15187326
※本記事は、上記論文の内容を一般の方向けにまとめたものです。この治療の効果や安全性が確立したことを示すものではありません。
